東京地方裁判所 平成2年(ワ)14928号 判決 1997年6月30日
甲・乙・丙事件原告
大見山正江
右訴訟代理人弁護士
土方邦男
甲事件被告
梅澤正雄
乙事件被告
梅澤宣子
丙事件被告
炭山健
甲・丙事件被告訴訟代理人弁護士
山﨑恵美子
主文
一 被告梅澤正雄は原告に対し、別紙物件目録一記載の建物につき八〇〇分の三九の持分及び同目録一記載の土地つき一六分の一の持分について、昭和六二年一〇月一八日遺留分減殺請求を原因とする各持分移転登記手続をせよ。
二 被告梅澤正雄は原告に対し、金三二〇万九一八六円及びこれに対する平成二年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告梅澤宣子は原告に対し、別紙物件目録三記載の土地及び建物について各一六〇分の九の持分の、同目録四記載の土地について一〇四万六四〇〇分の三七〇四の持分の及び、同目録四記載の建物について一六分の一の持分の、いずれも平成二年一一月三日遺留分減殺請求を原因とする各移転登記手続をせよ。
四 被告梅澤宣子は原告に対し、金二二一三万〇六一八円及びこれに対する平成二年一一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告炭山健は原告に対し、別紙物件目録五及び六記載の各不動産につき、いずれも真正な登記名義の回復を原因として持分三二〇分の九の移転登記手続をせよ。
六 訴訟費用は、甲事件について生じた分は被告梅澤正雄の、乙事件について生じた分は被告梅澤宣子の、丙事件について生じた分は被告炭山健の各負担とする。
七 この判決は、二、四につき仮に執行することができる。
事実及び理由
一 請求
1 甲事件
主文一、二同旨
2 乙事件
主文三、四同旨
3 丙事件
主文五同旨
二 事案の概要
(甲事件)
1 請求原因
(一) 身分関係
梅澤正克(明治四一年三月一〇日生。以下「正克」という)は美容整形医院を営む医師であったところ、昭和六二年八月二四日死亡し、その妻梅澤さき(以下「さき」という)、右両名の長女である原告、同長男である被告梅澤正雄(以下「被告正雄」という)、同被告の妻で正克の養子である被告梅澤宣子(昭和五三年三月一七日養子縁組届出。以下「被告宣子」という)及び同被告と被告正雄の子で正克の養子である梅澤光央(昭和五三年三月一七日右養子縁組届出。以下「光央」という)が正克を相続した。なお、正克とさきとの間の子には、他に次女清子が昭和一六年三月三〇日に出生しているが、昭和二〇年八月二日満四歳で死亡している。
(二) 正克の相続財産
正克は死亡当時次の積極、消極の財産を所有していた。
(1) 不動産
別紙物件目録一ないし七の各土地、建物
正克は、右各目録に持分割合の記載があるものはその限度で、その記載のないものは全部についてそれぞれ所有していたものである(以下右各不動産の表示は目録番号に従い「目録一の土地」、「目録一の建物」などと表示する。また、同一目録中に複数の不動産があり、これらを一括して表示する場合は、「目録一の各不動産」などと表示する。なお、持分所有の不動産の表示に当たっては逐一その旨を断ることはしないが、その場合右不動産の所有権の範囲は当然に目録記載の持分の限度にとどまるものである)。
(2) その他 七八九六万七一二六円
ア 有価証券 一四三三万円
① 利付国庫債二六回 五万円
② 情報通商産業株式会社ファンド
一〇〇万円
③ 株式会社ウメザワ(以下「ウメザワ」という)株式
二〇〇〇株 一三二八万円
イ 預貯金 三〇三二万八四一八円
① 普通預金 住友銀行ほか
三九一万四六七一円
② 定期預金 同
一九四一万九三五九円
③ 定額貯金 六二七万一一〇四円
④ 郵便貯金 七二万三二八四円
ウ 現金 九九万九七七〇円
エ 家具(評価額) 二五万円
オ その他 六七五万五四〇一円
① 預け金 一八〇万円
② 電話加入権 五万円
③ 未収金 六〇万四〇〇〇円
④ 立替金 四三〇万一六三一円
(3) 債務四億一五五七万二八五二円
ア 東海銀行借入金元本
三億八八〇〇万円
イ 同利息 一八〇万四五八二円
ウ 未払金 一一二〇万九六一〇円
エ 租税公課一四五五万八六六〇円
(三) 原告の遺留分
原告は、正克の相続財産について一六分の一の遺留分を有する。
(四) 遺留分侵害
被告正雄は、正克から公正証書遺言(以下「本件遺言」という)に基づき目録一、二の各不動産の遺贈を受け、東京法務局昭和六二年八月二九日受付第三二三三号及び同日受付第三二三二号をもって昭和六二年八月二四日相続を原因とする持分又は全部所有権移転登記手続をそれぞれ経由した。
(五) 遺留分減殺請求
右遺贈は、原告の遺留分を侵害しており、原告は被告に対し、昭和六二年一〇月一八日到達の書面で右遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をした(以下「甲事件遺留分減殺請求」という)。
(六) 甲事件遺留分減殺請求権行使後の被告正雄の財産権処分(不法行為)による損害賠償請求
(1) 被告正雄の被告宣子に対する目録二の土地の贈与とこれによる原告の右土地所有権(持分)侵害
ア 贈与と損害
① 被告正雄は、平成元年八月二日目録二の土地を被告宣子に対して贈与した。右所有権移転登記原因は錯誤ないし真正な登記名義の回復とされているが、同土地は被告正雄に遺贈されているものであるから、右所有権移転は贈与以外には考えられない。
② 右アの贈与は、原告の甲事件遺留分減殺請求権行使後にされたものであり、右減殺により原告は取得した目録二の土地の持分権を侵害する不法行為に該当する。
③ 右贈与時の目録二の土地の原告の持分評価額は、別紙不動産評価計算書記載のとおり、一〇五七万九五四五円であり、原告は被告正雄に対し、右相当額の損害賠償請求権を有する。
イ 原告の被告正雄に対する借入金債務と右損害賠償債権との相殺
① 原告は被告正雄に対し借入金債務を有しているところ、右債務額は不法行為時である平成元年八月二日時点で元本六八〇万円とこれに対する利息二六五万〇一六三円及び損害金三九五万七〇四一円の合計一三四〇万七二〇四円である(別紙借入金計算書①ないし④参照)。
② そこで、原告は被告正雄に対し、平成八年一月二九日第六九回本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権と右借入金債務とを対当額で相殺する旨意思表示した。
③ すると、原告の被告正雄に対する借入金残元本額は二八二万七六五九円となる(別紙借入金計算書⑤)。また、右残元本に対する平成元年八月二日から平成二年一一月三〇日までに発生した損害金は一一二万七一九〇円となり(同計算書⑥)、原告は被告に対し右合計三九五万四八四九円の借受金残債務を負っていることになる。
(2) 被告正雄の目録一の各不動産に対する根抵当権設定とこれによる原告の右各不動産所有権(持分)侵害
ア 根抵当権設定と損害
① 被告正雄は、目録一の各不動産につき、平成二年一一月三〇日ウメザワの環境衛生金融公庫に対する債務を担保するため極度額一億一五〇〇万円相当額の根抵当権を設定した。
② 被告正雄の右根抵当権設定行為は、原告が甲事件遺留分減殺請求権行使により取得した右各不動産所有権(持分)を侵害する不法行為を構成するところ、右根抵当権設定による右各不動産の減価は、右土地について一億一三二九万三五四八円、右建物について一七〇万六四五一円である。
したがって、原告の損害額は右土地については七〇八万〇八四六円、右建物については八万三一八九円の合計七一六万四〇三五円である(別紙被告正雄の平成二年一一月三〇日環境衛生金融公庫に対する根抵当権設定による原告の損害計算書)。
イ 前記借受金残債務と右損害賠償債権との相殺
そこで、原告は被告正雄に対し、平成八年一月二九日第六九回本件口頭弁論期日において、前記借入金残債務三九五万四八四九円と右損害賠償債権七一六万四〇三五円とを対当額で相殺する旨意思表示したので、右相殺により右借入金債務は全額消滅し、原告の同被告に対する損害賠償債権残額は三二〇万九一八六円となる。
(3) 右のとおりであり、被告正雄は原告に対し、不法行為に基づく損害賠償債権残額三二〇万九一八六円及びこれに対する不法行為(根抵当権設定)の日の後である平成二年一二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(七) よって、原告は被告正雄に対し、目録一の土地につき所有権持分一六分の一について、同目録の建物につき持分八〇〇分の三九について遺留分減殺請求を原因として右各持分移転登記手続を求めるとともに、損害賠償金として三二〇万九一八六円及びこれに対する不法行為の後の日である平成二年一二月一日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)は(1)のうち目録一ないし四及び七の各不動産が正克の相続財産であることは認める。目録五及び六については、これらが本件遺言書中において被告正雄が取得すべき正克の遺言として掲記されていることは認めるが、これらは既に相続開始前に第三者たる被告炭山に譲渡されていたものであり、正克の相続財産であることは否認する。
(2)はア、イ、ウ、エ及びオの①、②、④は認めるが、③の未収金額は否認する。右は二〇六〇万四〇〇〇円である。
(3)は認める。
(三) 同(三)は認める。
(四) 同(四)は認める。
(五) 同(五)は認める。
(六) 同(六)は、(1)アのうち、①の目録二の土地につき主張の日に被告宣子に対する所有権移転登記手続がされたこと、②の右土地処分が甲事件遺留分減殺請求の意思表示の後であることは認めるが、その余は否認ないし争う。同イのうち、①の借入金額、②の相殺の意思表示があったことの各事実は認めるがその余は否認ないし争う。(2)のうちア①の事実(根抵当権設定とその登記手続)、イのうち相殺の意思表示は認めるが、その余は否認ないし争う。
後述するとおり(後記3)、原告の被告正雄に対する遺留分減殺請求を形成権としても、同被告の価額弁償の提供により、原告は目録一及び二の各不動産に対する持分所有権は消滅し、代りに弁償金請求権を有するのみとなったところ、右請求権は同被告の相殺の意思表示により消滅したのであるから、同被告の右各不動産の処分行為は何ら不法行為を構成することはない。
3 被告正雄の主張(価額弁償)
(一) 正克の原告に対する生前贈与
(1) 原告は、昭和四二年九月上旬ころ、正克から遺産の前渡しとして三〇〇万円生計費の贈与を受けた。
右三〇〇万円は、甲事件遺留分減殺請求時においては九七六万円を下ることはない。
(2) 原告は、昭和四三年三月、そのころ原告の夫大見山恒雄(以下「恒雄」という)が経営していた株式会社大和屋本店(以下「大和屋」という)が倒産したため、正克から遺産の前渡しとして六九〇万円の生計費の贈与を受けた。
右六九〇万円は、右遺留分減殺請求時においては二〇一七万円を下ることはない。
(3) 原告は昭和四三年三月一六日から昭和四五年一二月末日までの二〇数回にわたり、正克から遺産の前渡しとして合計二三二万三七〇一円の贈与を受けた。
右二三二万三七〇一円は、右遺留分減殺請求時においては七一七万円を下らない。
(二) 被告正雄は、原告に対し昭和六〇年四月二五日付金銭消費貸借契約に基づき、貸付金元金六八〇万円及びこれに対する平成七年八月二四日までの利息・損害金(利息・年一割五分。弁済期・正克又はさきのいずれかが死亡した日)一七六八万円、合計二四四八万円の貸付金債権を有している。
(三) 価額弁償の申出とその履行
(1) 被告正雄は、甲事件遺留分減殺請求に対し、本件第一回口頭弁論期日(昭和六二年一二月一六日)において民法一〇四一条一項に基づき価額弁償をする旨申出し、第六八回口頭弁論期日(平成七年一二月一一日)において、後述の算定根拠による原告の遺留分額二七三万六二四三円につき、右(二)の貸付金債権額をもってその対当額で相殺する旨意思表示し、右価額弁償を履行した。
(2) 原告の遺留分額二七三万六二四三円の根拠は次のとおりである。
原告の遺留分額は、遺産総額に対する一六分の一の割合額であるところ、価額弁償をする目的物の価額算定基準時は、事実審の口頭弁論終結時であることから、これに従って計算すると、遺留分額は二七三万六二四三円である。
ア 不動産の評価額(平成七年度土地公示価額による)
五億七〇〇四万八九四一円
① 目録一の土地
六一六五万八八〇〇円
後記③の借地権割合が九割であるから、所有権割合を一割として、一平方メートル当たり六六五万円で算定したもの
② 目録一の建物(持分一〇〇分の七八) 八四四万三〇三二円
③ 目録一の建物の敷地の借地権
二億四八六〇万一三九三円
借地権割合九割であるから、底地権割合を一割とし、一平方メートル当たり六六五万円で算定したものの一〇〇分の七八の割合のもの
④ 目録二の土地(地上権負担付)
五三七〇万五四〇〇円
地上権割合九割であるから、底地権割合を一割とし、一平方メートル当たり六六五万円で算定したもの
⑤ 目録三の土地(持分一〇分の九)
三九八四万六四四九円
⑥ 目録三の建物(持分一〇分の九)
二三四七万五九三〇円
⑦ 目録四の土地(持分六万五四〇〇分の三七〇四)及び同四の建物
二三七六万円
⑧ 目録七の土地
八四九〇万三四三七円
⑨ 目録七の建物
二五六五万四五〇〇円
イ その他の積極財産
七二六六万三八一九円
請求原因(二)(2)オ③の未収金が二〇六〇万四〇〇〇円であることを除き、原告主張額と同じである。
ウ 消極財産(負債総額)
四億一五五七万二八五二円
請求原因(二)(3)と同じ。
エ 遺留分額の算定
① ア+イ+生前贈与額(一二二二万三七〇一円)−ウ=二億三九三五万九一〇九円
② 二億三九三五万九一〇九円×一六分の一=一四九五万九九四四円
③ 一四九五万九九四四円−一二二二万三七〇一円=二七三万六二四三円
4 被告正雄の主張に対する原告の認否
(一) 被告正雄の主張(一)の各生前贈与はいずれも否認する。
大和屋は、恒雄の先代が昭和二〇年に創業し、昭和二七年法人成りして、昭和三一年ころから恒雄の才覚により台東区上野界隈で手広く喫茶店を経営し、盛業をみていたものである。なお、同会社は、取引先の倒産により無念にも連鎖倒産を余儀なくされたが、それは昭和四四年七月のことである。したがって、原告は生計の援助を受けるような経済状態にはなく(倒産の後も生活に困窮する事態には陥っていない)、かえって、原告ないし恒雄は、経済的には常に原告の実家である正克夫婦より優位な立場にあり、老後を控えた正克夫婦の生計維持のため、さきから相談を受け、喫茶店経営を進言し、その実現のためウメザワの設立及び目録一の建物の建築に奔走し、右建築後は、同建物での喫茶店「泉」(以下「泉」という)の経営の指導を行い、これを軌道に乗せるために尽力してきたのである。
(二) 同(二)の金銭消費貸借契約及びこれに基づく借入金債務があることは認める。正克の相続開始時の右額は前述のとおりである。
(三) 同(三)は(1)の価額弁償の主張がされたことは認めるが、右は適法な価額弁償の申出に当たらない。(2)アの不動産評価額は争い、イは未収金二〇〇〇万円を除き認める。右未収金は丙事件の正克の被告炭山に対する目録五及び六の各不動産の売買残代金とのことであるが、右売買は架空のものであり、右未収金は存在しない。ウの消極財産額は認める。エは否認ないし争う。
被告正雄の価額賠償の主張は、適正な価額弁済額に基づく現実の提供がなく、価額弁済の申出として失当である。
(乙事件)
1 請求原因
(一) 甲事件請求原因(一)(身分関係)に同じ。
(二) 同(二)(正克の相続財産)に同じ。
(三) 同(三)(原告の遺留分)に同じ。
(四) 遺留分侵害
(1) 正克は、本件遺言により、目録一、二、五及び六の各不動産、株式会社ウメザワの株式全部を被告正雄に遺贈し、その他の財産は全部さき、被告正雄、被告宣子に遺贈した(右三名への具体的帰属は右三名の分割協議に基づくものとされている)。
(2) 被告宣子は、右(1)の遺贈に基づいて遺産分割協議をした結果、目録三、四及び七の各不動産を取得し、次のとおり所有権移転登記手続を了した。
ア 目録三の土地、建物につき浦和地方法務局所沢支局昭和六二年一〇月九日受付第三八三六八号をもって同年八月二四日相続を原因とする正克持分(各一〇分の九)全部移転登記手続を経由した。
イ 目録四の土地、建物につき、浦和地方法務局志木出張所昭和六三年一月二〇日受付第二〇五六号・第二〇五七号をもって、昭和六二年八月二四日相続を原因とする正克持分(土地の持分は六五四〇〇分の三七〇四、建物は全持分)全部移転登記手続を経由した。
ウ 目録七の土地、建物につき、浦和地方法務局所沢支局昭和六二年九月一六日受付第三四八九二号・第三四八九三号をもって、同年八月二四日相続を原因とする所有権移転登記手続を経由した。
(五) 遺留分減殺請求
右(四)の遺贈は原告の遺留分を侵害しているので、原告は被告宣子に対し、平成二年一一月三日到達の書面で右遺贈につき遺留分減殺請求をする旨意思表示した(以下「乙事件遺留分減殺請求」という。)。
(六) 被告宣子の遺贈目的物の処分に伴う価額弁償の請求
(1) 被告宣子は、目録七の各不動産を昭和六三年一月一四日長谷川冨雄に売却した。
右は乙事件遺留分減殺請求前の処分であるので、被告宣子は原告に対し、民法一〇四〇条一項本文により価額弁償の責任があり、右弁償価額算定の基準時期は相続開始時期とすべきであるから、右時期の評価額二億〇八〇〇万円(本件鑑定書三頁)の一六分の一である一三〇〇万円及びこれに対する右遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
(2) 被告宣子は、目録三記載の各不動産について、昭和六二年一二月二四日住銀保証株式会社のために被担保債権額一億四五〇〇万円の抵当権を、昭和六三年三月一四日株式会社住友銀行(以下「住友銀行」という)のために極度額五五〇〇万円の根抵当権を設定した。
右各担保権設定行為は乙事件遺留分減殺請求権行使前の処分であり、右(1)と同様、同被告は価額弁償義務があるところ、正克相続開始時の右各不動産の評価は一億四三〇〇万円であり(本件鑑定書三頁)、正克の持分は一〇分の九であるので、被告宣子は原告に対し、右評価額の一六〇分の九である八〇四万三七五〇円の弁償義務及びこれに対する右遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(3) 被告宣子は、目録四の各不動産について、昭和六三年七月二日、八八万九九〇〇円の大蔵省に対する抵当権及び同年一一月三〇日、極度額一六五〇万円の住友銀行に対する根抵当権を設定した。
すると、前同様、被告宣子は目録四の各不動産を右合計一七三八万九九〇〇円減額させたので(右各不動産の正克相続開始時の評価額は三三〇〇万円。本件鑑定書三頁)、原告に対し、その一六分の一である一〇八万六八六八円の弁償義務及びこれに対する本件遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
(4) したがって、被告宣子は原告に対し、右(1)ないし(3)の合計二二一三万〇六一八円の価額弁償及びこれに対する乙事件遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(七) よって、原告は被告宣子に対し、目録三の土地及び建物につき各一六〇分の九の持分について、目録四の土地につき一〇四万六四〇〇分の三七〇四の持分について、同目録の建物につき一六分の一の持分について、いずれも平成二年一一月三日遺留分減殺請求を原因とする各移転登記手続を求めるとともに、遺贈目的物の処分に基づく価額弁償として二二一三万〇六一八円及びこれに対する遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)ないし(三)については、甲事件請求原因(一)ないし(三)に対する認否と同じ。
(二) 同(四)、(五)は認める。
(三) 同(六)の(1)ないし(3)の各不動産の処分の事実及び右各処分が乙事件遺留分減殺請求前のもので被告宣子に価額弁償義務が生じる場合であることは認めるが、いずれの処分についても、各不動産の評価基準日及び具体的弁償義務は否認ないし争う。右基準日は本訴事実審口頭弁論終結時であり、これによれば、右各不動産の評価額は甲事件3被告正男の主張の項の(三)(2)アの⑤ないし⑨記載のとおりである。
(丙事件)
1 請求原因
(一) 甲事件請求原因(一)(身分関係)に同じ。
(二) 同(二)(正克の相続財産)に同じ。
(三) 同(三)(原告の遺留分)に同じ。
(四) 被告正雄及び同宣子の原告の遺留分侵害
被告正雄につき甲事件請求原因(四)と、同宣子につき乙事件請求原因(四)と同じ。
(五) 目録五及び六の各不動産の帰属
(1) 正克は、昭和二九年九月二五日付売買により目録五の土地の持分二分の一(残余の二分の一は同人の兄である梅澤文雄(以下「文雄」という))を取得し、昭和五五年八月一日付売買により右持分のうちの二〇分の一を被告正雄に譲渡した。
(2) また、正克は、昭和二七年五月三一日付売買により目録六の建物の持分二分の一(残余の二分の一は文雄)を取得し、昭和五五年八月一日付売買により右持分のうち二〇分の一を被告正雄に譲渡した。
さらに、正克は、昭和二九年九月二五日付売買により目録六の土地の持分二分の一(残余の二分の一は文雄)を取得し、昭和五五年八月一日付売買により右持分のうち二〇分の一を被告正雄に譲渡した。
(3) 被告正雄は、本件遺言に基づき目録五の土地、目録六の土地及び建物(右譲渡後の残余の持分各二〇分の九)を遺贈により取得した。
(六) 遺留分減殺請求
原告は、被告正雄に対し、平成二年一一月三日到達の書面で右遺贈につき遺留分減殺請求の意思表示をした。
(七) 被告炭山に対する仮装登記
(1) 目録五の土地については、東京法務局文京出張所昭和六二年一月七日受付第一四六号をもって、原因を昭和六一年一二月二四日売買とする正克持分全部移転登記手続が経由されている。
また、目録六の土地、建物については、東京法務局文京出張所昭和六二年七月一四日受付第一七四〇四号(土地)・第一七四〇五号(建物)をもって、原因をいずれも昭和六一年一二月二四日売買とする正克持分全部移転登記手続が経由されている。
(2) しかし、右各登記はいずれも実体関係を欠く無効な登記であり、被告炭山はこれを抹消すべき義務がある。
すなわち、右売買契約の条件(代金支払が極めて長期の分割であるのに、所有権は即移転する約束である点等)が買主である被告炭山に異常に有利なものであること、右売買代金が真実正克に支払われた形跡が窺われないこと、正克及び同被告は右売買の当事者として合理的な行動を取っていないこと、同被告には右売買により目録五及び六の各不動産(持分)を購入する動機がなく、また、売買契約書作成後の不動産の収益管理にも全く関与しておらず、その実情さえ知らないのであり、不動産の買主として余りにも不自然であること、他方、正克及び正雄には右各不動産の処分を仮装する十分な理由が窺われること等に照らし、右売買契約は到底実体を伴った真実のものとはいい難いというべきである。
(八) よって、原告は被告炭山に対し、所有権(共有持分)に基づく妨害排除請求として、真正な登記名義の回復を原因として右持分二〇分の九の一六分の一である持分三二〇分の九の移転登記手続を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)ないし(三)については、甲事件請求原因(一)ないし(三)に対する認否と同じ。
(二)同(四)は認める。
(三) 同(五)は(1)、(2)は認め、(3)は被告正雄が本件公正証書遺言上目録五、六の各不動産の遺贈を受ける旨の記載のあることは認める。
(四) 同(六)は認める。
(五) 同(七)は、(1)は認めるが、(2)の主張は否認し、争う。
3 被告炭山の主張(目録五、六の各不動産の取得)
(一) 目録五、六の各不動産は、被告炭山が自身の写植製版業の事業拡大のための用地の獲得と正克側の相続税対策に協力する目的から、同人の死亡前に正規の売買(代金合計七〇〇〇万円)により同人から買い受けたものである。その結果、同被告は右各不動産に関する共有物分割請求控訴事件(東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第一七九六号)について、右売買を理由に承継参加している。
(二) 右購入代金額が低簾であり、その支払方法も長期分割であるなど通常の売買と比較して格段に買主である被告炭山に有利な条件であるのは、右の事情のほか、右各不動産が当時文雄との間で共有物分割訴訟中で、近々現実にこれを同被告が使用できる状態にはなかったという特殊事情があったことによる。なお、同被告は売買代金合計七〇〇〇万円のうち五〇〇〇万円を支払い、残額二〇〇〇万円が未払であるが、それは右訴訟が終了してからでよいという合意が成立したことによる。右のとおりであり、右売買契約が仮装のものであり、同被告名義の登記手続は実体を伴っていないとの原告の主張は理由がない。
(三) 右のとおりであり、目録五及び六の各不動産は正克の遺産ではなく、原告の請求は理由がない。
三 裁判所の判断
(甲事件について)
1 請求原因(一)(身分関係)の事実は当事者間に争いがない。
2 正克の相続財産について
(一) 同(二)(正克の相続財産)のうち、(1)の不動産について、目録一ないし四及び七の各不動産が正克の相続財産であることは当事者間に争いがなく、また、目録五及び六の各土地が同人の相続財産に属することは後記丙事件に対する判断で述べるとおりである。
(二) 同(二)の(2)のその他の積極財産については、オの未収金を除き当事者間に争いがないところ、被告正雄は右未収金のうち二〇〇〇万円は正克から被告炭山に対する目録五及び六の各不動産の売買残代金である旨主張するが、後記丙事件において認定判断するとおり、右売買を真実のものと認めることはできないから、右オの未収金額は原告主張のとおり六〇万四〇〇〇円の限度でこれを認めるのが相当というべきである。
(三) 同(二)の(3)の正克の消極財産は当事者間に争いがない。
3 原告の遺留分割合が一六分の一であること(請求原因(三))、被告正雄が正克から目録一及び二の各不動産の遺贈を受け、その旨の移転登記手続を了したこと(同(四))及び原告が甲事件遺留分減殺請求をしたこと(同(五))の各事実は当事者間に争いがない。
4 そこで、原告の遺留分額及びその侵害の回復のために目録一及び二の各不動産の遺贈に対して減殺をすることの当否について検討する。
(一) 原告の遺留分額について
(1) 遺留分算定の基礎となる前記相続財産の相続開始時の評価額
ア 不動産(目録一ないし四及び七)
二二億四〇一九万五四一八円
① 前記争いのない事実に鑑定の結果によれば、目録一の土地、建物の評価額は、東海銀行の根抵当権設定による評価減(相続開始時点での東海銀行に対する借入金債務総額は元利共で三億八九八〇万四五八二円)を控除した一六億七〇一九万五四一八円であること、目録二の土地のそれは一億八六〇〇万円であること、目録三の土地、建物のそれは一億四三〇〇万円であること、目録四の建物(マンションで敷地の持分付)のそれは三三〇〇万円であること及び、目録七の土地、建物のそれは二億〇八〇〇万円であることがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる合理的な証拠はない。
右合計額は二二億四〇一九万五四一八円となる。
② なお、目録一の建物にはウメザワの借地権による評価減の主張があるが、同会社は正克の個人会社ないし同族会社である(甲一〇、一六、三二、三三、乙三七、証人大見山恒雄、原告本人(一、二回)、被告正雄本人(一回))に照らすと、右による評価減を認めるのは相当とは認めがたく、右主張は理由がない。
イ 不動産(目録五及び六)
七億五二一七万三五一五円
正克相続開始当時の路線価によれば、目録五の土地については一平方メートル当たりの価額は三二〇万円、目録六の土地は同様に三六一万円程度であり、これを基に右各土地の面積及び持分割合(いずれも二〇分の九)を乗じて算定すると、目録五の土地の評価額は四億二二六一万一二〇〇円、目録六の土地のそれは三億二九五六万二三一五円で、合計七億五二一七万三五一五円と認められ、右認定を覆すに足りる合理的な証拠はない。
ウ 不動産以外の積極財産
三九三八万三五三七円
前記争いのない事実に前記認定によれば、不動産以外の正克の積極財産の合計額は三九三八万三五三七円となる。
なお、ウメザワの株式は、前記認定のとおり、ウメザワが正克の個人会社であることに照らし、正克の不動産評価のほかに別途独立の財産的価値があるものと評価するのは相当ではない。
エ 消極財産二五七六万八二七〇円
正克の相続時の消極財産の中には東海銀行の借受金残債務として元利金合計三億八九八〇万四五八二円が計上されるところ(争いがない)、右の扱いとしては被担保債権残額として既に目録一の土地、建物の評価の際考慮しているので、便宜これを消極財産から除外することとし、その余を消極財産として考慮するものとする。
オ 持戻し計算分
一六八万二七〇〇円
① 証拠(乙五)によれば、正克は養子光央に対し一六八万二七〇〇円を生前贈与したことが認められる。
② 右のほか、被告正雄は正克の原告に対する生前贈与を主張し、証拠(乙三、四の1ないし20)を提出し、また、右主張に沿うかのごとき供述ないし証言(被告正雄本人、証人梅澤さき)もある。
しかし、右さき証言はこれを子細に検討しても、贈与財源の点等について適確な裏付けを欠く上、内容も転変し、あいまいな部分が多く、右乙三のメモ書も右証言によってもその作成者及び作成時期、経緯が明らかではないし、また、原告が右生前贈与があったとされる時期ごろ、生計を得るのに困窮していたと認めるに足りる根拠はない。これに対し、右乙三の説明を求められた原告は、定かな記憶はないものの大和屋の得意先かその関係の売掛金を記載したものと思われると供述し、記載中鉛筆書きの部分が原告の筆跡であることを否定するなどしてそれなりの合理的説明をしている(原告本人一回)。また、乙四については、右は原告が購入した松見坂マンションに正克と別居中のさきが入居し、家賃の代わりにローン返済分を負担していたことを裏付けるものと窺われる(前記原告供述)のであり、これも生前贈与の裏付けとなるものではない。
したがって、原告に対する正克の生前贈与をいう被告正雄の主張は理由がないというべきである。
カ 以上によれば、正克の相続開始時の遺留分算定の基礎となる財産額は、三〇億〇五九八万四二〇〇円となる。
(2) すると、原告の遺留分は、正克の前記三〇億〇五九八万四二〇〇円から負債総額二五七六万八二七〇円を控除した、二九億八〇二一万五九三〇円の一六分の一である一億八六二六万三四九五円となり、原告が本訴において遺留分減殺を求める前記不動産のみの遺産総額の一六分の一(一億四〇〇一万二二一三円)を上回るから、甲事件遺留分減殺請求は原告の遺留分を保全するために必要な限度で行使されているものといえる。
(二) したがって、原告は甲事件遺留分減殺請求により、目録一の建物につき持分八〇〇分の三九を、目録一の土地につき持分一六分の一を取得したものというべきである。
5 被告正雄の不法行為による原告の損害
(一) 被告正雄の同宣子に対する目録二の土地の贈与について
(1) 被告正雄が甲事件遺留分減殺請求後目録二の土地について被告宣子に対し所有権を移転し、その旨の登記手続を了していることは当事者間に争いがない。
ところで、右所有権移転の登記原因は真正な登記名義の回復を原因としているが(甲三五の1)、右土地は前記のとおり被告正雄が正克から遺贈されたものであり、右登記原因に沿う事由は想定し難く、これを裏付ける主張も立証もなく、右所有権の移転原因は被告正雄から同宣子への贈与と解するのが自然であり合理的である。
すると、右贈与は原告が目録二の土地につき取得した持分一六分の一を侵害する不法行為であるところ、これによる損害額は、別紙不動産評価計算書記載のとおり、相続開始時と鑑定時の右土地の評価額との差額四六〇〇万円を処分時までの期間に対する鑑定時までの期間の割合を乗じて算出した一〇五七万九五四五円と認定するのが合理的であり、原告は被告正雄に対し、右相当額の損害賠償請求権を有するというべきである。
(2) 前記争いのない事実に証拠(乙二、原告本人)によれば、原告が被告正雄に対し、借入金債務を有しており、その額は右不法行為時である平成元年八月二日時点で元本六八〇万円、これに対する利息二六五万〇一六三円、損害金三九五万七〇四一円の合計一三四〇万七二〇四円であること、原告が平成八年一月二九日右(1)の右借入金債務につき前記損害賠償債権と対当額で相殺する旨意思表示したことが認められるところ、その結果、原告の右借入金残債務額は三九五万四八四九円となる(別紙借入金計算書参照)。
(二)(1) 根抵当権設定による不法行為
被告正雄が目録一の各不動産につき甲事件遺留分減殺請求権が行使された後に、目録一の各不動産に請求原因(六)(2)ア①の根抵当権設定行為をしたことは当事者間に争いがないところ、これによる損害は前と同様、鑑定の結果に基づき検討すると、別紙被告正雄の平成二年一一月三〇日環境衛生金融公庫に対する根抵当権設定による原告の計算書のとおり、右土地については七〇八万〇八四六円、右建物については八万三一八九円の合計七一六万四〇三五円となる。
(2) そこで、前記借入金残債務を右不法行為による損害賠償債権と対当額で相殺すると(右相殺の意思表示は争いがない)、残損害賠償額は三二〇万九一八六円となり、被告正雄は右金額及びこれに対する不法行為の後である平成二年一二月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
6 価額弁償に対する判断
なお、被告正雄は価額弁償の主張をし、右各不法行為を否定するが、右申出は同被告独自の評価算定に基づき相殺処理をして右弁償を履行したというものであり、右以上に具体的な弁済提供をするものではなく、また、裁判所の算定に基づく価額弁償を申し出るなどの意思表示をしているものとも認め難いから、適法な価額弁償の申出と解することはできず、失当といわざるを得ない。
7 以上のとおりであるから、被告正雄は原告に対し、目録一の土地につき所有権持分一六分の一について、同目録の建物について持分八〇〇分の三九について遺留分減殺請求を原因として右各持分移転登記手続をすべき義務があるとともに、損害賠償として三二〇万九一八六円及びこれに対する不法行為の後の日である平成二年一二月一日から右支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(乙事件について)
1 請求原因(一)ないし(三)は前記甲事件において認定判断したとおりであり、同(四)(遺留分侵害)及び(五)(遺留分減殺請求)は当事者間に争いがない。
2 そこで、請求原因(六)について判断するのに、同(1)ないし(3)の各不動産の処分の事実及び右各処分が乙事件遺留分減殺請求前のもので、被告宣子にいずれについても価額弁償義務が生じることは当事者間に争いがないところ、右価額算定のための不動産の評価基準時は、相続開始時と解するのが公平に叶い相当というべきであるから、以下これに従って順次弁償額を算定する。
(一) 目録七の各不動産の売却について
前記争いのない事実に鑑定の結果によれば、右各不動産の相続開始時の評価額は二億〇八〇〇円であり、原告はその一六分の一である一三〇〇万円の損害を被ったことになる。
したがって、被告宣子は原告に対し、右金員及びこれに対する遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(二) 目録三の各不動産に対する根抵当権設定について
前記争いのない事実に鑑定の結果によれば、右各不動産の相続開始時の評価額は一億四三〇〇万円と認められるところ、正克の持分一〇分の九に照らすと、被告宣子は原告に対し右評価額の一六〇分の九である八〇四万三七五〇円の弁償義務及びこれに対する右遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
(三) 目録四の各不動産に対する抵当権等設定について
前記争いのない事実に鑑定の結果によれば、右各不動産の相続開始時の評価額は三三〇〇万円と認められるところ、右抵当権設定により一七三八万九九〇〇円の減額が生じていることになるから、被告宣子は、原告に対し、その一六分の一である一〇八万六八六八円の弁償義務及びこれに対する遺留分減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
3 よって、被告宣子は原告に対し、目録三の土地及び建物につき各一六〇分の九の持分について、目録四の土地につき一〇四万六四〇〇分の三七〇四の持分について、同目録の建物につき一六分の一の持分について、いずれも平成二年一一月三日遺留分減殺請求を原因とする各移転登記手続をすべき義務があるとともに、遺贈目的物の処分に基づく価額弁償として二二一三万〇六一八円及びこれに対する右減殺請求の日の翌日である平成二年一一月四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。
(丙事件)
1 請求原因(一)ないし(三)については前記甲事件において認定判断したとおりであり、同(四)(被告正雄及び同宣子の原告の遺留分侵害)は当事者間に争いがない。
2 そこで、同(五)の目録五及び六の各不動産が正克の遺産に含まれるかどうかについて判断する。
(一) 同(五)の(1)及び(2)の事実は当事者間に争いがなく、同(3)は本件公正証書遺言中に目録五及び六の各不動産を正克が被告正雄に遺贈する旨の条項がある限度では当事者間に争いがない。
ところで、被告炭山は、昭和五八年四月一五日に正克から目録五及び六の各不動産を買い受けた旨主張し、これに沿う契約書、振込金受取書等の証拠(丙一(甲一五の1)、二(甲一五の2)、三の1ない25(乙一五の1ないし25)、四(乙一六))を提出し、その旨の供述(被告炭山、同正雄(一回)各本人)もある。
しかし、右証拠によれば、右不動産売買代金は、文雄との共有物分割訴訟係属中であったことを考慮しても、合計七〇〇〇万円(目録五の土地が四〇〇〇万円、目録五が三〇〇〇万円)という当時の相場の半分程度の廉価なもの(被告炭山の供述)である上、目録五の土地は内入金二〇〇万円を支払うだけで、残余は月額三〇万円の割賦払で所有権が直ちに買主に移転するという不自然なものであり、昭和六一年一二月二四日に突然四〇一〇万円が被告炭山から正克の銀行口座に送金されているなど、極めて不自然であり、しかも、右四〇一〇万円は被告正雄が実際には振込みの形式を取って翌日には払い出しをしているというもので、代金支払の実体があるとはいえないものである。また、被告炭山は、購入物件の所有者でありながらその利用実体がどうであるかに全く関知せず、所有者としての対応としては経験則に著しく反するものである。
さらに、そもそも、目録五及び六の不動産については、本件公正証書遺言で明確に正克の遺産として指摘され、これを被告正雄に遺贈する旨記載されているのであり、これを売却した遺言者が売却の事実を失念するはずがなく、以上の諸事実を総合すると、右売買契約は税金対策等のために行われた実体のない仮装のものと解するほかはないというべきである。
(二) 右のとおりであり、被告炭山の売買の主張は理由がなく、目録五及び六の各不動産は正克の遺産であるというべきである。
3 すると、前記のとおり、目録五及び六の各不動産の遺贈について、原告は遺留分減殺請求の意思表示をしているから、右各不動産につき一六分の一の持分を取得したものというべきである。
4 したがって、被告炭山は原告に対し、真実の所有権者と登記の実体を符合させるため、真正な登記名簿の回復を原因として、右持分二〇分の九の一六分の一(三二〇分の九)の限度で移転登記手続を行うべき義務があるというべきである。
(裁判官藤村啓)
別紙不動産評価計算書<省略>
別紙借入金計算書<省略>
別紙原告の損益計算書<省略>
別紙物件目録一〜七<省略>